2004年12月13日

『好き×嫌い=大好き?』  作、 鯨

             好き×嫌い=大好き?













私は、その二人を見ていて心底羨ましいと、そう思った。


誰かを羨むなんて感情、今までなかった。

でも、本当に羨ましかった。





「あ」
「おや」


助っ人として参加した学園祭での山百合会主催の演劇も無事に終わり、
片付けが終了して薔薇の館へ一人戻ってきた私は、



「ごきげんよう。悪いね、勝手にくつろいじゃって」
「ご・・ごきげんよう。私も正式な山百合会の幹部ではありませんから」


ビスケット扉を開き中へ入った時、目に飛びこんできた人物に驚いた。

それは、



「そーなの?」
「ええ。瞳子は祥子お姉さまがお休みしている間にお手伝いを頼まれただけですので。祐巳さまに」
「ふむ、それはご苦労だったね」


それは・・・私が高等部へ上がる前に、この山百合会で薔薇さまをされていた人、
元白薔薇さまの、佐藤聖さまだった。
面識は・・・・ある。と言えばあるけれど、ないと言えばないのだろうか。
"祐巳さまに"という箇所を少し強調して、不愉快さをアピールしてみたが、さらりと流された。


「まあ、立ち話もなんだし中へ入ったら?」


中へ入ったらと言われて、初めて自分の身体が動かないこと気がついた。
そうなんだ、なんてとぼけているけれど、私のことを知っているくせに。
そう思ったけれど、はい、とだけ答えてドアを閉めた。




「何飲む?」
「あ、いえ。もう帰りますから結構ですわ」
「まあ、そう言わず。せっかくだから付き合ってよ。他のみんなももう少しで戻ってくるでしょ」


椅子に置いてあった荷物を整理し始めると、立ち上がってシンクの方へ向かう聖さま。
私はなんとなく気まずくて断ったが、そのままやり込められてしまった。



「はい、どーぞ」
「・・・ありがとうございます」


目の前に淹れたてのミルクティーを置かれ、私はそのままこの部屋に居ざるを得なくなってしまった。
向かいのテーブルに座った聖さまも、淹れ直したコーヒーを口に含む。


「瞳子ちゃん・・だっけ?君の好みは把握してないからお口に合うかわからないけど」
「いえ、美味しいですわ」


それは、お世辞でもなんでもなくて本当に美味しかった。
丁度いい砂糖の分量に、飲み頃の温かさ。
家でお手伝いさんが淹れてくれるものよりも、なんだか数倍美味しくて、
でも、どうしてかほんの少し・・・苦かった。



「祐巳ちゃんはね、びっくりするくらい甘いのが好きなんだよ。
で、志摩子はああ見えてほとんどストレートで飲むし、由乃ちゃんも同じかな。
一番おかしいのがあんな顔して令が超甘党なの」
「そうなんですか」


何気ない世間話をしているようだったけど、一番最初に出てきた名前が、"祐巳"。祐巳さまだった。
笑って頷きながら、声が遠のく。
だんだん、紅茶の味がわからなくなる。



「演劇部なんだって?」
「・・・え?」


はっと我に帰る。



「私は見られなかったけど、祐巳ちゃん。すごくはりきってたから」
「祐巳さまが?」
「うん。大事なものが待ってる、って感じでね」
「別に祐巳さまがいらしてくださらなくても良かったです」
「ありゃ、そうなの?ま、そう尖らないであげてよ」
「瞳子は尖ってなんかいません」



卒業生相手だろうとなんだろうと、相手が祥子お姉さまでなければ怖くない。
嫌われるのも、避けられるのも、怖くない。

いつもの調子で強く言い返す。



「くっくっく・・・さーすが、祥子の遠い親戚のことだけあるね。なんだか納得したよ」
「それはどういう意味ですか?」
「いや、一年生の時の祥子もこんな感じだったから。
もー意地っ張りで素直じゃなくて。いつも一人で大丈夫です!って顔してた」
「それは瞳子が意地っ張りで素直じゃないっておっしゃりたいんですの?」
「うん、そんなとこ」
「失礼ですわね・・・」


自分が意地っ張りで素直じゃないなんて百も承知している。
それでも変えられないんだからしょうがないじゃないか。
今まで何度自己嫌悪に陥ったかわからない。

でも、憎まれたっていい。それでも、私は・・・祥子お姉さまのためなら。



「だけど、それって愛情と寂しさの裏返しだったりするんだよね」
「・・え?」


カチャ、とカップを置いて私の目を見た。



「祥子が、好き」
「もちろんです」
「だから祐巳ちゃんが、嫌い」
「・・・ええ」
「はっきりしてていいね」
「は?」


祐巳さまが嫌いと言ったのに、どうして誉められているのかがわからない。



「瞳子には、祥子お姉さまだけです。
祥子お姉さまの傍にいられればそれだけでいいんです」
「そう?」
「聖さまは、祐巳さまをお慕いされているんでしょう?」
「お慕いか。言い方は少々古臭いけど、うん。してるね、お慕い申し上げてるよ」



ケラケラ笑って私を見る聖さまに、少しだけイライラしてきた。
・・・なんでだろう。




「どうして皆様が祐巳さまをあんなにも構うのかがわかりません」
「そう?」
「誰にでも良い顔して、調子が良いにもほどがありますわ」
「う??ん。紙一重だね。私にはそこが一番好きな部分だけどね」
「瞳子にはわかりません。いくら頑張ったってちっとも報われていないじゃありませんか」
「ああ、そう見える?」
「ええ。そうとしか」



いつだって他人のために走りまわって。
綺麗事ばかり・・・・私はそこが一番気に食わないって思ってた。




「馬鹿みたいって思うかもしれないけど、あれってなかなかできないことだよ。
しかも、ちっとも意識しないで自然にやっちゃうからね。
祐巳ちゃんが頑張れば頑張るほど、周りにいる私たちは奮起したなぁ。
可愛くて仕方なかった。私と同期の他の元薔薇さま二人も、ね」
「・・・祥子お姉さまもでしょうか」
「あの子が筆頭にじゃない?どんなきっかけであれ、目をつけたのは祥子だから」



・・・理解不能ですわ。


ぼそっとこぼして、温くなった紅茶を飲んだ。
もう、ほとんど味がわからなくなってしまったミルクティーは、やっぱり苦い。



「祐巳ちゃんが山百合会に入ってきてくれたおかげで、
私たちはどれだけ救われたかわからないよ。
無意識に、祐巳ちゃんは人間にとって一番大事なものを与えてくれるの」
「一番・・・大事なもの?」
「そう。笑顔」
「笑顔・・・・」



笑顔?

祥子お姉さまは祐巳さまのせいであんなに辛い思いをしたのに?



「一緒にいるだけで、なんだか楽しくてしょうがなかったんだよね。
何も無くても、祐巳ちゃんが一人いてくれるだけでみんな笑ってた。
それは、無理してとか空元気とかじゃなくてね。
嬉しくて、温かくて、ただ単純に。で、まず始めに変わったのは、祥子」
「そんな」
「傍にいてわからなかった?少しずつ、表情が変わっていったのが」
「・・・・祥子お姉さまを」




「瞳子ちゃんさ、実はあの時祥子じゃなくて祐巳ちゃんを見てたの、気付いてた?」


祐巳さまのせいで傷ついた祥子お姉さまを慰めたのは瞳子なんです!
そう、言おうとした時、その言葉を遮られた。



”あの時”


それが、何の時を指しているのかは説明されなくてもわかった。

この人は、あの日のことを言っているんだ。


土砂降りという言葉が相応しい、あの雨の日・・・・・学園の門の前での出来事を。





「どういう・・・」
「確かに、顔は祥子の方を向いていたけど、その目は私の腕の中の人物に向いてたよ」
「そんなはずありません!瞳子が祐巳さまを見るはずなんて」
「うん、これは私の勘ていうか、憶測みたいなものだから。そうじゃないかもしれないね」



一体何が言いたいのだろう、この人は。
募ったイライラが、今にもはじけそうだった。



「私はね、瞳子ちゃんが"祥子を"好きなように、祐巳ちゃんが好きだから。
だから、あの子がああやって泣いていたら、
たとえ誰を傷つけても守り通そうって思ってるんだよ。瞳子ちゃんと同じようにね」


何かが、ひっかかる。
聖さまが作り出す言葉の一つ一つが、私の心の中にある何かを刺激する。



「祐巳さまよりも祥子お姉さまの方がずっと苦しんでらっしゃったんです。祐巳さまは甘えているだけですわ」
「そうとも言えるね。だけど私はさっきも言ったように、
祐巳ちゃんが一番大事だから。たとえ真実がどうであろうと関係ないの。
身勝手な理屈だってことは重々承知してるけどね」
「じゃあ、祥子お姉さまは大事ではないとおっしゃるんですか?」


勢い余って思わず半身立ち上がりかけて、声も大きくなった。



「そんなわけないでしょ。祥子だって、他の子達だって同じように大事。
でも、祐巳ちゃんは特別なのよ。だから、あの子に関しては特別にアンテナが働くんだな」
「アンテナ・・・?」
「本当は、ボロボロになった祐巳ちゃんを何もかもから守れば楽だったんだけど。
全てから隔離して、遮断しちゃえばもうこれ以上の心配はないでしょ」


言葉を、失った。
軽々しく言ったけど、それはとてもとても・・重みがあったから。



「じゃあ、どうしてそうなさらなかったんです?」
「うーん。そうするべきじゃないと思ったからかな。
私のアンテナが、敵じゃないと判断した。あの時」
「あの時・・・?」


少しだけ、怖くなった。
何もかも、知られているような気がして・・・・




「祥子が、私に祐巳ちゃんの傘を渡している背後にいた君の顔を見た時」




私の・・・顔?




あの時、私には祥子お姉さまと聖さまがどんな会話をしているのかわからなかった。
でも、信じていた。
きっと、戻ってきてくれる。
瞳子の元へ帰って来てくれると、信じていただけ・・・。



「いじめっ子って、後ですごい後悔したりするんだよね。
じゃあやらなきゃいいのにって思うけど、
本人目の前にするとそうもいかないっていう悲しい性が邪魔してさ」
「あの」
「瞳子ちゃんの祐巳ちゃんを見る目が、本気で憎んでいる目じゃなかったから。
私は、止めたの。祐巳ちゃんにとって、全部がマイナスじゃないって気がしたから」



何を言っているんだろう。本当に。
私は、憎んでいる。
大好きな祥子お姉さまを取ったんだから。
大好きな祥子お姉さまを、あんなに苦しめたんだから。

だから・・・



「瞳子は・・祐巳さまが大嫌いです」
「嫌よ嫌よも好きのうちって言葉知ってる?」
「おちょくらないでください!」
「ごめんごめん。まあ、でも理由はそんなところかな」
「・・ちっとも理由になっていませんわ」



嫌い。
祐巳さまなんて・・・
祐巳さまなんか・・・

こんな私に笑いかけてくる祐巳さまなんか、


こんな私を仲間だと言う祐巳さまなんか・・・・





「私は、祥子とは違う立場だけど、どんな時だって祐巳ちゃんの傍にいたいの。
瞳子ちゃんも、どっちかっていうと私よりじゃない?」
「違います!」
「祥子の、傍に」
「・・・っ・・・ええ」


悔しい。

なんだか、手の平で転がされているような気がする。




「ごめんなさい!聖さま、お待たせしまし・・あれ、瞳子ちゃん!?」


その時、ギィ!と勢いよく扉が開いて祐巳さまが入ってきた。



「うん、待った待った。この貸しは大きいよ???さて、どうやって返してもらおうか」
「え・・ぎゃう!聖さまぁ??!」


祐巳さまの姿を見た途端、聖さまの目が、先ほどとは打って変わってものすごく優しい目になった。
立ち上がり近づくと、背後からぎゅっと抱きしめている。



「・・・っ・・」



ズキン・・・




なぜか、心臓が痛い。
目の前で繰り広げられている不愉快な光景を見つめながら、
私は、制服の上からぎゅっと握った。



「うーそ。全然待ってないよ。でもその間、瞳子ちゃんと浮気しちゃったけどね」
「え?!」
「え?!」



聖さまのとんでもない発言に、私と祐巳さまは同時に驚嘆した。



「ま、真実はここにいる二人のみが知る」
「聖さま?!」
「ご、誤解を招くような言い方なさらないでください!」



この人が、どこまで冗談でどこまで本気なのか全く掴めない。
イライラしているのがバカらしくなってきた。



「もう、聖さまったら。ごめんね、瞳子ちゃん。びっくりしたでしょ」
「い、いえ。別に」



(・・・私を見てください。)



「・・・・?」



何?今の・・・・



「よし、じゃあこの後私のおごりで打ち上げといくか!」
「これからですか?!まさかお酒を飲む気じゃ・・」
「まさか。それがなきゃ始まらないでしょ??」
「始まりますよ!」



(・・・私を見てください、祐巳さま。)




「もうすぐ蓉子や江利子も来るから。本当に楽しいのはこれからよ」
「聖さまってば・・全く」



呆れながらも、祐巳さまの表情は明るい。

祥子お姉さまといる時とも、由乃さまや白薔薇さまといる時とも違う。


祐巳さまといる時の、祥子お姉さまと同じ顔。




『本当に良い子なのよ。私には勿体ないくらいのね。
そそっかしいけれどそんなところも可愛いって思うなんて、
私も姉馬鹿になってしまったかもしれないわ』




最初は、誰だか知らないその得体のわからない"福沢祐巳"という人に嫉妬した。
絶対負けるものか、そう思った。


でも・・・・





『ありがとう、瞳子ちゃん』





嬉しかった。



みんなが、私じゃない他の誰かを見てしまうようになっていたから。



優お兄さまも、祥子お姉さまも、瞳子だけのものじゃなくなってしまったから。






「そうだ、瞳子ちゃん!瞳子ちゃんのエイミー素敵だったって伝えてくださいって、
さっき知らない子から頼まれたんだよ。なんだか私まで嬉しくなっちゃった」



願いが届いたかのように、祐巳さまが私の方を・・・向いた。




「と・・当然ですわ。私は他の素人と違って実力がありますから」
「もう、素直じゃないなぁ。
でも、言ってることと表情が一致してないってこと最近わかってきたから。身体はちゃんと喜んでるね」
「祐巳さままでそんなこと・・・!」



不覚にも、かぁっと顔が赤くなってしまった。
本当に、悔しい。



「これは手強いライバル出現かもなぁ。気を抜けない」
「何か言いました?聖さま」
「ううん、なーんにも。
さ、どうしようか作戦練らなきゃね。祥子と蓉子をすんなり行かせる対策立てなきゃ」
「本当にやるんですか?」
「もちろん。あったりまえだのクラッカー」
「古いですよ、聖さま」



楽しそうに、幸せそうに笑い合う、二人。





私は、その二人を見ていて心底羨ましいと、そう思った。


誰かを羨むなんて感情、今までなかった。

でも、本当に羨ましかった。




「仕方ない。じゃあ瞳子ちゃんも巻きこんじゃおう!共犯者だからね」
「ちょ・・瞳子は関係ありませ・・離して下さい、祐巳さま!!」
「・・・わかった。あきらめるね」
「ぜひそうしてください」


ホッ。

と、胸をなでおろしたのもつかの間。




「とはいきませんよね、聖さま?」
「そうそう。暴れても無駄無駄。
山百合会はスッポン並みにしつこいって覚えておきなさい。
君もこれからこれを身につけていくんだから」


「なんっ・・!・・・わかりましたわ」



なぜか、頷いてしまった。

その言葉の意味も、深く考えないで。






"君もこれからこれを身につけていくんだから"




あとで、後悔する。
きっと、する。


でも、今までの後悔とは違う。
しても、それほど嫌じゃないような気がするから。





「・・・祐巳さまが・・そうおっしゃるなら」





なぜかほんのちょっと心の中がすっきりしたように感じるのは、気のせい。



少しだけ素直になることを実践してみようかなんて、





柄にもないことを考えていたせい、きっとそうだ。










☆ あとがきという名の言い訳 ☆



親愛なる睦月さま、ブログ開設、本当におめでとうございます!
なのに・・おめでたいっていうのにこんなんでごめんなさい(泣)
もうちょっとマシなものができれば良かったんですが・・・
聖さま×祐巳ちゃんを、珍しく瞳子ちゃん視点で書いてみたりしましたが、
慣れないことはしちゃいけませんでしたね・・・ああ。
私は、瞳子ちゃんは100%悪い子だとは思えなくて、
そうしたらまたこんな微妙なものができてしまって(汗)
筆力が口から手が出るほど欲しいです・・。
こんな情けない孫ですが(笑)、末永くよろしくお願いいたしますね!

”睦月の部屋”の発展と成功を、心よりお祈り申し上げます。





posted by 睦月 at 00:21| Comment(1) | TrackBack(0) | 二次創作SS(頂き物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月24日

『甘いデート』   作、隠上 荒人

祐巳ちゃんとデートしようと思った。
会いたくなるよね、どうしても。
好きだからね。森の木々がなぎ倒されて、海が干上がるぐらい好きだからね。
祐巳ちゃん。可愛い子。
 

『甘いデート』
 

ええと、私は祐巳ちゃんを誘って映画とか夜景とか食事とかホテルとか行こうと思いました。
ホテル?
祐巳ちゃんは私よりも十分も早く待ち合わせ場所に来ていた。
「ゆ??みちゃん」
「ぎゃう!」
お約束です。やらない訳にいかない。
「いい触り心地だな??」
「やめてください白薔薇さま??」
しかし、本当にいい触り心地だ。
でも、往来であんまりやると、祐巳ちゃんも怒るだろうからやめとこう。
「先に食事にする?それとも映画にする?それとも、わ・た」
「二番目の奴でお願いします」
「いや、三番目の奴がお勧めだよ?」
「結構です!」
可愛いなあ。
「それじゃ、行こうか」
「はい!」
映画自体は、まあ、ラブロマンスものだった。
こういう時に選択する映画に、ラブロマンスもの以外の選択肢があるのだろうか?
アクション?まさか。SF?いやいや。ヌーヴェル・バーグ?ありえない。
こういう時はラブロマンスなのだと古代ローマから決まっている。
ジャン・リュック・ゴダールさえ、相応しくはないのだ。
激動の時代の激動の恋、そんな映画らしい。
「わたし、楽しみです」
と祐巳ちゃんが可愛く言った。そして可愛く席まで歩き、私に可愛く手を握られ、可愛くスクリー
ンを見た。
 何をするにも、可愛い、という形容詞がつく子なのだ。
そういう子はつまらないとか知ったような口を聞く人もいるだろう。
しかし彼女は可愛いだけでなく、芯には強く美しい魂を、って、何を考えてるんだ私は。
 映画の方は、まあ、なんと言うのか、良くも悪くも、ハリウッドのラブロマンスだった。
ハリウッド的な激動の時代の中で、ハリウッド的な男女が、ハリウッド的に恋をする。
 そういう映画はつまらない、と知ったような口を聞く人もいるだろう。
しかし、バカにするほどのものでもない。
 ただ、正直に言うなら、私はあんまり面白くなかった。
悪くはない。面白い。感動的なシーンも、まあ、ある。
 でも、なにかこう、伝わってこなかった。それがなにかは、分からない。
祐巳ちゃんも、そこそこは楽しんでいたみたいだし、まあ、いいか。
 

映画館を出る。
「ねえ、祐巳ちゃん、私だったら、絶対祐巳ちゃんを離さないな」
「映画の話ですか?」
「そう」
こういう話をするための映画だから、あれでいいのだ。
二人で、食事をするための場所へ、向う。
軽い、昼食。
カフェ・テラスは空いていて、私はミートスパゲティを、祐巳ちゃんがカルボナーラを頼んだ。
出てきたコップを、祐巳ちゃんのコップにあてる。
「二人の出会いに」
「何言ってるんですか、昼間から」
「だって、祐巳ちゃんに会えたことは、嬉しいもん。いつでも祝いたい」
「もう、そんなことばっかり言って」
「私が祐巳ちゃんを好きなこと、迷惑?」
「そんな、迷惑だなんて」
「じゃあ、私が祐巳ちゃんを好きなこと、いつでも表現していいじゃない?」
祐巳ちゃんの手をとってキスする。
「せ、聖さま」
「顔、赤いよ」
「そ、それは、だって」
「あ、祥子、ごきげんよ」
「え!?」
思わず振り返る祐巳ちゃん。
当然、祥子はいない。
「聖さま!!」
顔を真っ赤にして怒る祐巳ちゃん。
何をさせても可愛い子。
スパゲティが運ばれてきた。
 

「祐巳ちゃん、どこかで、ゆっくりしようか」
「はい」
「喫茶店でも、何でもいいんだけどね。あ、カラオケにしようか。暇になったら歌えばいいし」
「カラオケで、話すんですか?」
「案外、いいもんだよ」
私と祐巳ちゃんは一緒にカラオケに入る。
防音されてて、けっこう静かなのだ。
肩を寄せ合う。
「ねえ、祐巳ちゃん」
私はキスしようとする。
「駄目です」
彼女は拒絶する。
そういう距離。二人の距離。
「どうして?」
「恥ずかしいです」
「ふうん。無理強いはしないからね」
「うう、ごめんなさい」
「いいよ、別に。祐巳ちゃんは、恋と愛ってどう違うと思う」
「え?」
祐巳ちゃんは困っている。
「え??と、恋は、付き合ってて、愛は、結婚?」
思わず笑ってしまう。
なんか、可愛い答えだ。
実際的で、具体的で、シンプルな回答。でも。
「はずれ」
「じゃあ、なんなんですか」
「恋は一瞬で、愛は永遠なんだよ」
祐巳ちゃんが言葉に詰まった。
搾り出すように言う。
「よく、そういうセリフ、さらっと言えますね」
「祐巳ちゃんが好きだからね。それで、私達は恋と愛、どっちだと思う?」
祐巳ちゃんはやはり言葉に詰まって、答えられなかった。
 

夜景の綺麗な、海の見える公園だった。
いささか陳腐なぐらいに。
今日のデートの締めくくり。
ホテル?
まさか。
私達は恋人同士みたいにベンチに腰かける。
何か暖かいものが私達を包んでくれているように思える。
繋いだ手の、温もり。
彼女の吐息。
「祐巳ちゃん。私、祐巳ちゃんのこと、凄く好きなんだけどな」
「私も、聖さまのこと、その、好きです」
「祐巳ちゃんはさ、何が、不安なのかな、って思って」
「不安?」
「そう」
私とこうして付き合うことに、祐巳ちゃんが不安を持っている。
当然なんだ。
分かってるんだ。
女の子同士だからなんでしょう?
そういう、現実的で重苦しいものが、不安なんでしょう?
「キスしていい?」
「だ、駄目です」
どうしたらいいんだろうね。
本当に。
だから二人で夜景を見ていた。
肩を寄せ合って。
ずっと。



 

 

「ねえ、祐巳ちゃん、私が女であるって、不安なんじゃないかな?」
「そんなこと…」
「ねえ、私はね。祐巳ちゃんを縛りたくないんだ。不安にさせたり、苦しめたりしたくない」
「聖さま…」
「私は祐巳ちゃんが好き、だからキスしたい。いい?よく考えてね。私に同情したりとか、気を
使うとか、そういうのは一切なし。キスしていい?祐巳ちゃん」
ハリウッド的には、どうやって解決するんだろうね。こういうの。
祐巳ちゃんは沈黙する。
いいんだ、これで。
こういう問題は、早いほうが、いいんだ。
 そして
 

祐巳ちゃんは首を振った。
 

仕方がない、では割り切れないような感情が、一瞬で湧きあがった。
海の底へ落ちていく感覚。
何もかもが遠くなっていく。
沈む。
沈みきる。
そして私は海底の泥の底に埋まって二度とは出られなくなるのだ。全ての感情は、その泥の
底に消えて、二度と取り返せない。それは、少しだけ死ぬことだった。
沈み続ける。
いよいよ、埋まる…そのとき。
 

祐巳ちゃんが私にキスした。
唇に。
一瞬だけど、永遠みたいに思えた。
祐巳ちゃんが乗り出した体を戻す。
「か、カルボナーラに」
「?」
「にんにくが入ってたから」
「ぷっ」
思わず笑ってしまう。なんだ、なんだ。私は馬鹿みたいじゃないか。
なんて可愛くて、素敵な子なんだろう。
「笑わないでください!」
「だって、あはははは」
「もう!」
私は祐巳ちゃんの口を塞ぐ。
大好きって気持ちを込めて。
祐巳ちゃんが赤くなった。
「せ、聖さま」
「へへへ」
「あ、あのですね」
「なにかな?」
「言っておきたいことがあるんです」
「愛の言葉?」
「茶化さないでください」
「ごめん」
「聖さまがさっき言ってた、女の子だから、とかって、今更ですよ。もう、そんな覚悟はとっくに
してますからね!って言いたかったんです」
「どんな覚悟?」
「え、え、その、聖さまと、そういう関係ごにょごにょごにょ…」
「祐巳ちゃん」
「ひゃ、ひゃいっ」
「もうちょっと遊んでいこうか?」
という私のとっても意味深な問いかけに、祐巳ちゃんは赤くなりながら小さく頷くのだった。
ホテル?
スウィートルームを開けてもらわなくちゃね。
これ以上の幸せは考えられないぐらい、幸せ。
大好きだよ、祐巳ちゃん。
愛は、永遠。
本気で、そう信じているからね。
 

ちなみに、ホテルのモーニングサービスがあんなにも祝福的で、幸福なものに感じられたのは
初めてのことだった。

                                          了
posted by 睦月 at 23:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 二次創作SS(頂き物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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